当たり前の、ひどく日常的なはずのことが、しあわせだと思った。
たとえば、朝目が覚めて最初に見えたのがいとしい相手の顔であったときだとか。
たとえば、二人向かい合って摂る食事に顔を綻ばせるときだとか。
たとえば、言葉なく唇を触れ合わせ間近に見つめあったときだとか。
たとえば、手を握り合って寄り添い一つのシーツに包まってまどろむときだとか。
そんなふとした瞬間が、途方もなくしあわせに思えてならない。
「俺も大概、お手軽にできてんな」
物思いに耽っていたかと思えばくすくすと笑いをこぼすロックオンを、刹那は怪訝そうな顔で眺めた。そんな反応ですらいとおしいと言いたげに目を細め、彼は手を伸ばして癖の強い黒髪をかき混ぜる。
しあわせなど。そんなことを感じるなど赦されないと思う。
復讐に身を堕とし数え切れないほどの命を奪ってきた自分が、しあわせだなどと。
分かっているけれど、それでも愛しいと思うのだ。この瞬間が何よりも。
「なにがだ?」
「んー? しあわせだなってさ」
「なにかあったのか」
「別にいつもと変わんねえよ。けど、そういうのがしあわせだって思えるくらいには、俺もお手軽ってこと」
肩を竦めてそう言えば、刹那はどこか思案気に視線を落とす。あの真っ直ぐな瞳が見えないのは少し寂しいと思った。
「刹那?」
「お前が、なにをしあわせと思うのか、俺にはわからない。なにをしあわせと呼ぶのかもわからない」
ぽつりぽつりと紡がれる言葉は少年の過去を思わせ、知らず僅かに眉が寄る。
だが、不意に顔を上げると彼はいつものように真っ直ぐロックオンを見つめて口を開いた。
「でも、お前がしあわせだと言うのなら、きっとそうなのだと思う」
真っ直ぐな眼差しには真摯な光が宿り、刹那の強い想いが伝わってくる。その瞳が、不器用ながらも真っ直ぐな想いが嬉しいと思い、いとおしいと思った。
頬にそっと触れてくる手に己の手を重ねてロックオンは目を伏せる。
この手を、血に濡れ汚れたこの手を、失くしたくないと願う。たとえそれが、赦されないことだとしても。
「ああ……しあわせだよ。お前がここにいて、触れられる。一緒に眠って一緒に朝を迎えられる。それだけで俺はしあわせになれるんだ」
「――そうか。きっと、俺もそうだ」
額が触れ合い間近に見えた刹那の表情は小さく笑んでいて、それにひどく満足した。
*****
いちゃこらしてても悲壮感が伴う罠。「しあわせにしあわせに」と唱えながら書いたのに!
PR