おかしい。
早歩きで構内を進みながらロックオンは眉を寄せた。
すれ違う女性からはなにやら妙に好意的な視線を向けられ、先程会ったクリスは服を、フェルトは髪型を、スメラギに至っては荷物を運んだ挙句に肌を褒められたと喜んでいた。
……いつだ。いつ自分は彼女らの服装や髪型や肌を褒めたのだ。
いや、服は似合っていたし髪型は可愛らしかったし肌は相変わらず綺麗だったが、問題はそこじゃない。
自分はつい先ほどここへ来たばかりだし、彼女らと会うのも今日初めてのはずだ。
夢遊病の気はないし記憶障害のはずもない。とすれば考えられるのは人違いだが、そこそこ親しい間柄の彼女らが間違えるほど似ているとなると……
ものすごく嫌な予感がする。そして心当たりが一つ。
……こういう場合に限って、悪い予感というのは当たるのだ。
「あれ、ロックオン?」
なにやら追い詰められた表情で歩いてくる青年にアレルヤは首を傾げた。さっきはイイ笑顔でフェルトの髪型を褒めていたのに。
「よお、アレルヤ」
「どうかしたんですか?」
「いやなんというか、果てしなく嫌な予感というか激しく厄介なものが近付いているというか……とにかくヤバい。色々ヤバい」
「はあ……」
忙しなく周囲に視線を走らせるロックオンの目は険を帯びている。
常にない彼の姿に、なにがあったんだろう? と首を傾げ、アレルヤも倣うように周りを見回す。と、こちらに歩み寄ってくる少年と目が合った。
「おはよう刹那……どうかした?」
少年は口を開き――アレルヤに挨拶を返そうとしたのだろう――だがロックオンの姿を認めて訝しげな顔をした。なぜか、青年見上げて自分がやって来た廊下を振り返るという動作を繰り返している。
どうしたのかともう一度問いかけようとした時、ロックオンが顔色を変えた。
「刹那、お前まさか……!」
「ロックオン、ついさっきティエリアといなかったか?」
「――!!」
皆まで聞かず彼の足が床を蹴る。それはもうものすごい速さで。尋常でない反応に驚いて、取り残された二人も慌てて後を追った。
そして、栗色の髪が残像を描いて消えた廊下の角を曲がり真っ先に視界に入ったのは、
ロックオンに華麗な跳び蹴りをかますロックオン、というよく分からない光景だった。
「……え?」
思わず立ち止まってその光景を見つめる。呆然とするアレルヤと刹那、ティエリアに至っては目の前で起こった出来事に理解が追いつかないのか、完全にフリーズしている。
そんな凍りついた空気をものともせず――というか多分気付いてない――ロックオンは、思いっきり蹴りを食らって倒れたロックオン(ややこしい)の襟を掴んで引き摺り起こし、がくがくと揺さぶっていた。……全く以って容赦がない。遠慮もない。
「おーまーえー!! まさかとは思ったがマジでいるのな! しかもなんで俺の振りして歩き回ってんだよ迷惑なんだよこの馬鹿野郎がァァァ!!」
「あはははニール久し振りだなあ元気そうで何よりだあはははでもちょっとクラクラするう」
……なんなんだろう。本当に。
「で、なんでこんなとこにいるんだよライル」
片や不機嫌極まりない表情で、片やにこにこと超笑顔で向き合う二人は、どう見ても同じ顔なのに滲み出るものが違いすぎた。つまるところ、性格が違いすぎた。
「ニールに会いたかったからな」
「んじゃなんで俺の振りして誰彼構わず口説いてんだ!?」
「そりゃお前、可愛い女の子や綺麗な女性を褒めるのは男として当然の行動だろ。それに親しい間柄みたいだったから株上げといてやろうかなーって」
「大きなお世話って知ってるか。……ちなみにティエリアは男だからな」
「嘘だろ!? そ、そんなバカな、この俺の美女センサーが男に……俺は僕は私は」
本人目の前にしてのこの発言に、ティエリアがちょっとイラっとする。ちなみに件の台詞のどこに引っ掛かったのかは彼にしか分からない。
床に崩れ落ちてまで落ち込むライルに、いや何もそこまでヘコまなくても、と声をかけたくなったアレルヤだった。なんかちょっと泣いてるっぽいし。
「お早う我が姫、今日も美しいな!」
だがしかし、更なる闖入者のお陰でそれは叶わなかった。
「また厄介なのが来た……」
「毎朝君の姿を見る度に私は君に心奪われる……罪な存在だ」
うんざりとする相手を気にすることなく――単純に空気が読めていないと思われる――グラハムは自信に満ちた笑みを浮かべてロックオンの右手を取った。
そしてその甲に口付けようとしたその瞬間。
「させるかンなことォォオ!!」
つい先程まで座り込んで影を背負い、絶賛落ち込みモードだった筈のライルが、目にも留まらぬ速さで二人の間にチョップを叩き込んだのである。
……チョップて。お前はお子様か。と、皆が心の中でつっこんだのは言うまでもない。
「貴様男の分際で俺のニールにキスなんぞ万死に値するわ!!」
間髪入れずに所有権という名の超理論が発動した。……唐突な発言になぜかティエリアが若干反応したが、理由は定かではない。
そしてミスターマイペースの異名を欲しい儘にするグラハムは、この程度では動じなかった。
「おや、姫君が二人とは実に素晴らしい光景だな。だが私の姫はただ一人だ」
「いっそ間違えてくれりゃいいのに」
色々と酷い発言である。だが勿論グラハムは気にしない。そしてライルも気にしない。
「だからニールに触るなっての聞いてんのかコラ」
「残念だがその提案には承諾しかねるな」
「提案じゃねえよ決定事項だ」
「断固抗議すると言わせてもらおう」
火花を散らす二人を周囲は遠巻きに眺めていた。……なんていうか、次元が違う。
そして話題の中心である筈のロックオンも、そろりと足音を忍ばせて二人の傍らを離れる。正直付き合いきれない。大体、触る触らないは他人が決めることじゃないだろうと思うわけで。最早出るのは溜息ばかりだ。
そんなロックオンの腰におもむろに手が回り、呆気なく抱き寄せられた。
強引勝つ唐突な出来事に一瞬目を瞬かせるものの、そんな事をする輩は今のところたった1人しか思い当たらない。仰ぎ見れば見慣れた男前に燃えるような赤い髪。
「なにすんだよ」
腰を抱え込まれ身体が密着する。手の甲にキスどころの話ではないが、ライルはまだ気付いていない。……気付かない方が幸せかもしれない。
「まァた随分とややこしいことになってんじゃねえか」
「他人事だと思って……」
「俺の知ったことじゃあないな」
ご尤もではあるが、それで済むなら苦労はない。
既に何度目かも分からない溜息をつけば、アリーが喉の奥で笑い首筋に唇を寄せてきた。抱き込まれては逃げられない――まあ逃げる気も起きないけれど――が、時と場合を考えろとロックオンは僅かに身を捩る。
「ん、っにやってんだよこの状況で」
「キャ――――――!!」
悲鳴が、この世の終わりかと思うほどの悲鳴が上がった。
ただし全く可愛らしくはないし、甲高いものの立派な成人男性の悲鳴であるが。
「ライル……」
「ニールが! ニールが汚される!! この野郎今すぐその手を離せェェェ!!」
「泣くな。とりあえず泣くな落ち着け」
ロックオンを奪還しようと叫び暴れるライルは最早涙目だった。なにもそこまで、周囲は思ったが彼にとっては許しがたいどころの話ではなかったらしい。まあ、今までの言動を考えればむしろ当然ともいえる反応ではある。
「汚れるもなにも、こいつァ俺のもんだしな」
「アンタ面白がってるだろ……」
「……!!(ギリギリギリ)」
全く動じていない二人の対応にハンカチ噛み締める勢いで悔しがりつつ、ふと、彼は徐に携帯電話を取り出した。
真顔でダイヤルしどこかへ電話をかけ始める彼を、一同は黙って眺める。
と。
「……エイミーか、俺だ、いや詐欺じゃないライルだッお兄ちゃんの声を忘れるな妹よ! いやそれはいいんだエイミー、俺は世界の歪みを見つけたぞ。ニールが大変だ!!」
「何エイミーに電話してんだよお前は!!」
「はっはっはっは。エイミーの手に掛かればお前なんざ即殺だ!」
無意味に偉そうだ。さっきまで異様に悔しがっていたとは思えない。というかその妹君はどんだけ強いんだ。
つっこみたいがつっこめない。
「応援を呼ぶとはスマートではないな。私は正々堂々と姫を奪還すると誓っている!」
「貴様にだってやらんわぁぁあ!!」
「いいからアンタも混ざってくるなよややこしいな!」
果てしなく収拾の付かない状況に、これどーしたもんかねー?と途方に暮れた傍観者達が顔を見合わせたときだった。
「どーでもいいけどよ。今何時だと思ってんだ?」
講義も授業もとっくに始まってんぞ。
一体いつから眺めていたのか。完全に呆れ返ったハレルヤがそこに立っていて。
そのツッコミに我に返り、一同は一斉に慌てだしたのだった。
そしてこの後、件のエイミー嬢が学園に襲来し更なる嵐を巻き起こすことになることなど、誰も予想出来るはずもなかった。
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…こんなライルだったら物凄く愛せそうな気がする(無茶言うな)
収拾つかなすぎて終わり方が意味不明だ。てかなに、この異常な長さは。
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