白い砂に点々と足跡が続いている。
寄せて返す波は砂を攫い、剥き出しの白い足を濡らしては引いていく。
潮風が、髪を弄って通り過ぎた。
足元で波を遊ばせるロックオンを、刹那は砂浜から眺めていた。何が楽しいのか、波打ち際に立ち尽くしてそこそこの時間がたっているというのに一向にやめる様子がない。
ぱしゃり。音を立てて波が跳ねる。
跳ねた海水が捲り上げたジーンズの裾を濡らすが、一向に気にせずに水を蹴り上げた。
こどものようだ、と刹那は思う。
こちらに背を向けたロックオンが一体どんな表情で波と戯れているのかはわからないが、飽きることなく同じ様な動作を繰り返すその姿は、幼いこどものように見えた。
ばかな話だ。こどもどころか相手は自分より8つも年上の成人男性だというのに。
ぱしゃん。また水音。
「……楽しいのか?」
思わずこぼれた問いかけを拾い上げ、ロックオンは刹那へ目を向ける。
「楽しい、か。俺にもよく分かんねえや」
そう言って肩を竦めた彼の、ちらりと見えた表情は小さく笑っていた。いつもの軽快な明るい笑みではない。穏やかな、そう……寄せて返す細波のような。
ぱしゃん。波が踊る。
「波の音ってさ、なんか落ち着くんだよ。そう思わないか?」
「俺はエクシアの中が一番落ち着く」
「うん、まあそう言うだろうとは思ったけどな」
はは、と笑いながら彼は波の方へと一歩二歩と踏み出す。いつの間にか潮が満ち始め、始めはロックオンの足首辺りまでだった水位が、徐々に上がってきていた。
「こうしてると、“海に抱かれて眠る”ってのも悪くなさそうだって思えるよ」
ばしゃッ。白い足が波をかき分ける。
――眠る。
その言葉の意味を理解するよりも早く、刹那の足は反射的に砂を蹴り、波間に立つ背中へと向かっていた。
「っうわ!?」
ばしゃん。盛大な水飛沫が上がった。
「……せーつなぁ。なにやってんのお前さん」
少々呆れた声音が自分の真下から聞こえる。刹那は黙って声の主を見下ろした。
無言で背中にタックルをかましたため、流石に彼もバランスが取れなかったのだろう。咄嗟に身体を捻り顔面から海面に突っ込むのは避けたが、その代わり背中から盛大にダイブだ。髪まで濡れ鼠になり起き上がる気力も失せたのか、脱力して波に身を任せている。
そんなロックオンを押し倒すような体勢で、刹那はその碧い瞳をじっと見据えた。
「行くな」
目を見開く相手に構わず手を伸ばす。
「お前が、行ってしまう気がした」
どこへ、なんて分からない。ただその背中が遠ざかっていくのが怖かった。
ロックオンはしばし目を瞬かせていたが、ひとつ苦笑すると伸ばされた刹那の手に己の手をそっと触れさせ、真っ直ぐに見下ろしてくる褐色の瞳を見返した。
「行かねえよ。それに、もしどっか行きかけても、お前が止めてくれるんだろ?」
今みたいに、さ。
そう言って擽ったそうに笑うロックオンに、刹那の表情も緩んだ。
触れ合うだけだった手と手が重なり、指が絡み合って固く繋がれる。指の長さもてのひらの大きさもまだまだ差があるけれど、構わない。こうして共にいれば、いずれ追いつく時がくる。追いついてみせる。
こうして、ずっと、隣で。
「ところで刹那、俺はいつまでこうやって潮水に浸かってればいいんだ?」
指を絡め満足そうな刹那の顔を下から眺めつつも、そろそろ水没状態から脱出したい。さすがに普段着で海水浴と洒落込む気にはなれないし、自分に覆い被さる体勢の刹那の服も徐々に濡れてきていることであるし。
だが、当の少年はそれには答えずおもむろに顔を寄せ、ぺろりと首筋を舐めた。
「おいこらマセガキ」
「……塩辛い」
「あたりまえだろうが。海水に浸かってんだぞ」
いいからどけ、起きられんだろ。と言ってみるが動く気配はない。一体何がしたいのか。
塩辛いと言いながらも首に顔を埋めてくる少年を無下にするわけにもいかず、ロックオンは溜息と共に空を仰いだ。
ああ、いい天気。
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平和な話が書きたかったんだ。ていうかいつものことだが会話が少ねぇよ…。
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