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帰ろう 想い出の棲む場所へ
二人手を繋いで どこまでも
やさしくしあわせな 僕等の楽園へ
ロックオン・ストラトスの負った傷は深く、彼がマイスターで在り続けることを許さない。
告げられたそれを、誰もが理解していた。けれどそれは同時に、到底受け入れられるものではなかった。
稀代のテロリストとなった自分達にとって、この世界に居場所などない。まして、マイスターたる彼にガンダムを降りろと、戦うことをやめろと誰が言えるだろう。
憂うクルー達の前に、その青年は現れた。
何故。どうやって。そんな疑問を全て捩じ伏せる微笑を携えて。
「ニール」
優しく呼びかける声音とその名に、満身創痍の彼は呆然と碧の目を見開いた。聞こえるはずのない声、ありえるはずのないことに、ただ自分と同じ顔を見つめる。
「兄、さん……? なん、で」
「お前の痛みに俺が気付かないとでも思ったのか? 大切な俺の半身」
青年は目を細め、愛しげに半身の髪を撫でた。
顔の右側を覆う包帯に瞳が僅かに険を帯び、けれど手は止まらずに、大切なものに触れるように白い指先が頬を辿る。
「あいかわらずのやんちゃだな」
ゆったりと指が髪に絡み、額と額が触れ合った。
「――帰ろう、ニール」
「……え……?」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
帰る? 何処へ? 自分に帰る場所など、もはやありはしないというのに。
困惑するロックオンとは逆に、彼はゆるりと微笑んだ。碧の瞳を眇め、弧を描く唇が言葉を形作り、告げる
「帰るんだよ、俺達の家へ。かなしいことも、くるしいこともない、しあわせな場所へ」
「ッなに、言ってんだよ……!?」
耳を疑った。帰る場所などもうない。ましてや平穏など、許されない。
そう言い募っても青年の微笑は揺らがない。髪を梳く指は、触れる腕は揺らがない。
ゆるい吐息が静かに首筋を掠めて。
「もう、なにも考えなくていいんだ。――おかえり、ニール」
言葉と共に首筋に痛みが走った。
「なっ……」
ロックオンは信じられない思いで青年を見つめたが、それでも彼は、それはやさしくきれいな表情でこちらを見守っていた。
目の前が揺らいでいく。意識が闇色に染まる。身体から、力が抜ける。
腕に身を預けた己の半身を見おろし、青年はその身体をいとおしげに抱きしめた。
「おやすみニール。しあわせな夢を」
アイルランドの人里離れた場所に、一軒の家があった。
住人を知るものはいない。けれど夜には暖かな灯りが点り、緑溢れるその家は、一種冒しがたい聖域のような空気をまとってそこに在った。
朝の木漏れ日が窓から差し込み、白いシーツに影を落とす。そこに眠る青年の上にも。
衣擦れの音と共に、柔らかな栗色の髪がシーツに散らばっていた。
「……ニール。ニール、朝だぞ」
純白の波に埋もれる青年と姿写しの青年が、細い肩を揺らし覚醒を促す。その声はひどくやさしく、あまい。
「ニール」
「……ん、」
うっすらと碧の瞳が覗けば、同じ色の目を細めて片割れが微笑む。それにつられるようにしてもう片方も笑みを浮かべた。
「おはようニール」
「はよ……にいさん……」
「朝飯ができてる。一緒に食べよう」
窓から差し込む陽の光に目を細める弟の額にキスを落とす。くすぐったそうに笑ってそれを受けると、ようやく彼はベッドの上へ起き上がった。
パン、ベーコン、目玉焼きにソーセージ、焼きトマトやソテー、そしてミルクと紅茶。
明るいテーブルでのアイリッシュ・ブレックファスト。
外にははためくシーツや洋服、やわらかな日差しは緑を鮮やかに見せる。
窓辺のチェアで読書をして、木漏れ日の中で二人眠る。夜は暖炉と暖かい夕食。
日常から切り離された、平穏がそこにあった。
青年は時々、なにかを思い出そうとするかのように空を眺める。けれどまっさらな彼の中には兄しかおらず、真っ白な世界は彼に何も教えてはくれない。そして、彼自身も、それを不思議とは思わない。
なぜ自分は右目の視力を失っているのかも、なぜ身体に不自由があるのかも、彼は知らない。知りたいとも思わない。
だって彼はいましあわせなのだから。
大切な半身と二人、何にも脅かされることなく生きる日々。
たとえそれが箱庭の楽園であろうとも、彼はしあわせなのだから。
「ニール」
「ん?」
「あいしてるよ」
「……おれも」
帰ろう 僕等のあたたかい世界へ
きっとそこは 永遠のシャングリラ
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救いはない。でも本人達は幸せそうなのでハッピーエンド(まて)