コトリ、とグラスがテーブルに戻される。中身は半分も減っていない。
透明なグラスから離れていく白い指を無意識のうちに目で追っていると、肩に軽い衝撃。柔らかな髪がふわりと頬に触れた。
「珍しいな。君が甘えてくれるのは」
肩に凭せ掛けられた額、その栗色の髪にそっと触れる。
「……悪いかよ」
「まさか。私にとっては喜ぶべきことだ」
君はなかなか触れてきてはくれないからな。
そう呟き、そのまま顔を傾けてこめかみに軽く唇をおとした。伏せられた白い瞼、長い睫毛がぴくりと震えるのが間近に見える。
「なにかあったのか?」
問い掛けても返ってくるのは小さな笑みだけ。答えがないことは始めから分かっている。
それでも構わないと言ったのはグラハムだ。知っているのはニールという名前と彼の性格の一部だけ。けれど、それだけ知っていれば愛しさを覚えるのには十分なのだから。
「随分と疲れているようだ。もう休むかい?」
「や……このままでいい」
「そうか」
どうやら相当参っているようだと認識し、触れていた髪を優しく撫でる。
「わるい」
ぽつりと落とされた呟きは、自戒なのだろう。人に頼ることを由としない彼の。そんなものは必要ないというのに。
「なにを謝る必要がある? 存分に甘えたまえ」
「はは……なんか色々、さ。考えちまって。自己嫌悪っつーか」
ドツボに嵌まっちまった。わるいな。
彼が何を背負い、何をしているのかグラハムは知らない。だが少なくはない時間を共にし、会話をし、情を交わした。お互い相手の素姓に予感めいたものは覚えているだろう。
だが、ここにいるのはただのグラハムとニールだ。少なくともグラハムはそう思っている。そして彼も、そう思うからこそこうして心を許してくれるのだろう。
その信頼に応えたいと、思う。だから。
「私は君を許すよ。君が何者であっても、今この時だけはニール、君の全てを許す」
「ばっかじゃねえの……」
許すとか何様だよ、とぼやく彼はそれでも小さく笑った。
その唇に口接ける。一度見開かれた碧が、ゆるりと細められるのを視界の端に捉え、グラハムもまた目を伏せた。
「私に君を救う力はない。だがせめて、君がこの腕の中にいる間だけは守りたいと思うよ」
自分の隣に眠る青年の乱れた髪を梳いてやりながら、ひとりごちる。
か弱い姫君のようにこの手で守り抜ける存在なら良かった。けれど彼は、自分の生きる世界を持った男で。その世界にきっとグラハムの力は必要ないのだろう。
だからせめて、今この時だけでもその心を守りたい。傷付くことのないように。
祈りを込めて、額にやさしいキスを送った。
*****
正直ハムのキャラが分かってない。
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