――それは、ゆるやかな狂気
夜更け、ふっと目が覚めたロックオンは隣の存在に目を向けた。
意志の強い瞳を閉じた寝顔は年相応に幼く、微笑ましさにくすりと笑いがこぼれる。
よく、眠っている。出会った当初は毛を逆立てた野性動物さながらに警戒心むき出しだったというのに、人とは変わるものだ。
ゆっくり癖の強い髪を撫でた。だいぶ伸びてきたな、とひとりごち、グローブを着けていない白い指がやけた頬に落ちる。まだ少し丸みを残した、幼い輪郭。
まだ刹那は、こんなにも子供なのだと実感する。
けれど大切な仲間でもある。戦争根絶などという途方もない目的のため共に戦う、心強い仲間。
そう、仲間だ。
頬を辿る指が不意に止まる。
静かな寝顔を見つめたままゆっくりと起き上がり、上から少年を覗き込んだ。微笑ましさに和らいでいた碧い瞳はいつの間にか無機質な光を湛え、見守るような穏やかな表情が抜け落ちていることに彼は気付かない。
「せつな」
呼びかけるでもなく呟き、頬に止まっていた指がゆるりと下におりる。
細い首にゆるりと己の指が絡むのを、茫洋とした瞳がただ静かに見つめていた。
「殺すのか」
「――ッ」
びくり、と過剰なほどロックオンの肩が震え、碧い瞳が焦点を結ぶ。そして自分を静かに見上げる褐色の瞳とぶつかった。
呆然と刹那を見下ろし、そしてようやく自分が何をしようとしていたのか気付いたのか、弾かれたように彼の首を絞めかけていた手を引き戻す。いつも穏やかに凪いでいるはずの瞳は、動揺にひどく揺れていた。
「俺が、憎いのか。殺したいのか」
「ちがう……っ」
「ロックオン」
「違う、そうじゃない、お前が憎いわけじゃない……!」
揺れる彼の目に浮かんでいるのは、焦りではなく困惑だ。何故、と。どうしてこんなことをしているのか、と。
「憎いのはお前じゃない……」
そうだ。憎いのはテロであって刹那ではない。彼だってしたくてしていたわけではないと知っている。彼を殺しても何も変わらない。
――知っている。
それなのに何故この手は刹那の首を絞めようとしたのか。何故、殺そうとしたのか。
仲間であるはずの、刹那を。
「おれ、は」
呆然と座り込むロックオンの顔にそっと手を伸ばし、刹那は血の気の引いた頬に触れる。そのまま身を起こして栗色の頭を引き寄せ抱きしめた。
「憎めばいい。俺を憎んでお前が楽になるのなら、憎めばいい」
「んなこと、できねえよっ……」
刹那は仇だ。家族を奪ったテロリストの一員で、憎むべき仇。
刹那は仲間だ。共に戦争根絶を願い戦う、信頼すべき仲間。
どうすればいい。
自分から大切なものを奪い去った者達に対する憎しみは確かに息づいていて。けれど、仲間への、刹那への愛しさはそう簡単に消え去るようなものではないのだ。
「憎めるわけないだろ……お前は大事な仲間で、弟みたいに大事で、それなのに……!」
僅かに震える手が背中に回り、抱きしめるように力が篭る。そこから彼の葛藤が伝わってくるようで、刹那はたまらず目を伏せた。
死にたいわけじゃない。憎まれたいわけじゃない。ただ、ロックオンが自分への憎しみに苦しむのを見たくはなかった。
「ロックオン」
どうすればこの腕の中の青年の心をを解放できるのか分からず、刹那はただ抱きしめる腕に力を込める。
「ロックオン」
「刹那、せつな……っ」
世界は歪む。どうしようもなく。
その歪みの中で足掻くことしかできない自分たちは、果たしてどこへいくのだろう。
救いは望まない。
願わくば、ほんのすこしの安らぎを。
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そこはかとなく病み兄貴。だんだん書いててわけ分からんくなったorz
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