気が付くと、真っ白な世界にいた。
自分は確かフラッグの改造に立ち会っていたはずだが、とグラハムは周囲を見回す。
どこまでも続く白の世界。どちらを向いても見えるのは白一色で、感覚がおかしくなりそうだ。自分の存在だけが確かな色を持ってそこに在る。
「ここは……」
足元すら白に埋め尽くされ、そこに地面があるかどうかすら定かではない。
上下すら分からなくなりそうなその世界で、ふと、彼は自分を呼ぶ声を聞いた気がした。
「誰かいるのか?」
こんな異様な空間に誰もいるはずがない。
そう思いつつも、グラハムの足は無意識の内に一歩踏み出していた。足元には何もない。だが踏み出すたびに足の裏に伝わる感触は、確かに彼がどこかへ歩を進めていることを示していた。
どれだけ歩いたのか、どこへ向かっているのか。なにも分からないままに、ただ感覚の指し示す方へ進んでいく。
時間の経過すらも曖昧になってきた頃。
白一色の世界に、ぽつりと一点の色が見えた。まっさらな紙に一滴インクを垂らしたようなそれは、グラハムが足を進めるにつれだんだんと鮮明になっていく。
人影だった。次第に見えてくるのはすらりとした身長と柔らかい髪のシルエット。
白に浮かび上がるように立った人物の、顔が見えた瞬間グラハムは思わず足を止めた。
「ニール……?」
見間違いようがない。処女雪のようなしろい肌も南国の海のような碧い瞳もゆるく巻いた栗色の髪も、数え切れないほど愛でたのだから。
けれど、なぜ彼がここに。いや、グラハムにもここがどこかなど分からないのだが。
「君がなぜここに……いや、そもそもここは一体」
思わず歩み寄り、当然の疑問をぶつける。真っ白な世界で初めて見つけた色彩に、いとしいひとに、止まっていた時が動き出す。
けれど、グラハムを認めて僅かに驚いた表情を浮かべた彼は、何も答えずゆっくりと微笑んだ。それはひどくやさしくて、せつない表情だった。
「ニール?」
応えはない。
愛しさと哀しさをない交ぜにしたような瞳が、ただ静かにグラハムを見つめる。
グラハム。
そう、呼ばれたような気がした。唇は動かない。けれど、自分を呼ぶ彼の声を聞き間違えるはずがない。忘れるはずがない。
わずかに揺れる美しい碧の瞳を見返し、そっとその頬に手を伸ばした。
だが、指は目の前にいるはずの彼に届かない。なぜ。こんなに傍にいるのに。
自分へと伸ばされ、しかし届くことのない手を見つめて彼は目を細める。浮かぶ微笑はどこか哀しげで、けれど今まで見たことがないくらいに穏やかで。
――消えてしまいそうに、果敢無かった。
「っ、ニール!」
弾かれるように顔を上げると、そこはすでに見慣れてしまったドックだった。フラッグの改造は着々と進み様々な機材が出入りしている。
呆然と虚空を見つめるグラハムに気付いたカタギリが、ふと顔を覗き込んだ。
「どうしたんだい、眠ってるとばっかり思ってたのに」
「……眠って、いたのか? 私は」
「違うのかい?」
眠っていたのだろうか。だとすればあれは。あの果敢無い微笑みは、夢だったのか。
否、夢にしてはあまりにも――……。
「ニール……君は今どうしている……?」
今すぐにでも、逢いたいと思った。
抱きしめたい、と。この腕に閉じ込めて、髪に、瞼に、唇にくちづけたいと、思った。
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解釈はご自由に、な感じ。こういう雰囲気モノは絵の方が伝わりやすそうだ。
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